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独りシェアルーム

きっとあなたの蜜になる

17.明日

 

 

なんでもしてあげるから言うこと聞いて。

 

小学生かよ、とふと思った。

小学生に失礼かもしれないけど、

20歳迎えた娘に言う言葉じゃないなぁ、と。

目の前に人参ぶら下げられなきゃ走れない馬みたい。

 

明日から少しずつ、変わっていかなければならない。

わたしが今抱えている障害を抱えたまま生き続けるのは難しいらしい。

 

個人的には、わたし自身そこまでの障害だとは思っていなかった。

誰しも大なり小なり人生に波があって、わたしの症状もその1つだと。

みんな上手く隠しているだけで、似たような障害は抱えていると。

母親も度々そう言っていたから、余計に。

 

確かに日常生活の中に違和感はあった。

買った覚えのない物がやたらとあったり、

いつの間にか友人との縁が切れていたり、

言われた覚えは一切ないのに前にも言ったでしょと親に怒られたり、

気がつくと全然知らない場所にいたり。

 

人間の適応能力とは凄まじいもので、これが当たり前になってしまえばある程度受け入れられた。

「あぁまたか」くらいにしか、わたしは感じていなかったのだ。

治療なんて大袈裟なものが必要だなんて、思いもしなかった。

 

中高時代に出逢ったカウンセラーや精神科医は、表面上の症状を抑えさせることにしか興味がなかった。

摂食障害の診断が下った当時の担当医は、とりあえず物を食べられるようになればいいと思っていた。

不眠傾向が出た時はその原因を探らず、睡眠薬を処方した。

腕を切ることが問題なら、カッターを取り上げればいいと思っていた。

 

大学で心理学を勉強して、それらの対処がいかに間違っていたのかはよく解った。

そんなカウンセラーや専門家ばかりではないのもわかっているつもりだった。

それでもやっぱり、あんな奴らに頼りたくはないと思ってしまっている。

一種の嫌悪的条件付けなのかもしれない。

 

見ず知らずの人物に、自分の境遇や感情を伝えなければならない。

正直、見知った人に対してもしたくない。

誰も見やしないこういった場でならまだしもね。

1対1の、対面コミュニケーションで。

なんて高いハードル飛ばせようとしてんだと。

 

どんだけ文句垂れたところで、治療を進めなきゃいけないのには変わりない。

始まるからにはおとなしく受け入れよう。

 

それはそれで置いておいて。

わたしは母親のことが苦手なのかもしれない、と気付いてから

母の一挙一動が目に留まるようになった。

彼女の物言いや立ち振る舞い、

あらゆるものが気になった。

 

腫れ物を扱うような、どう接したらいいのかわからないとでも言いたそうな

自分よりも劣悪な生き物を見ているような

そんなぎこちない接し方。

わたしがそう捉えてしまっているだけかもしれないけど。

 

なんか、案外わたしがいなくても平気そう。

肉体さえ生きてれば、わたしじゃなくてもいいのかな。

 

大好きなのに。

大切だったはずなのに。

下手くそだなぁ生きるの。

 

明日なんか来なければいいのに。