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独りシェアルーム

きっとあなたの蜜になる

35.伝え方と捉え方

 

精神疾患者を取り扱ったドキュメンタリーを見た。

過去に犯罪に巻き込まれた被害者の方が精神を病んでしまって、社会的に望ましくなかったり倫理的に認められない行動を止められない患者についてのものだった。

 

内容に関しては正直、特に思うことは何もなかった。

心理系専攻ということもあるし、身近な人にもそんな人はいたからかもしれない。

 

その後ふと気になって、Twitterやインターネット上の掲示板でそのドキュメンタリーに関する投稿や意見を探してみた。

 

過去に壮絶な体験をしているという背景をきちんと紹介していたからか

事件を起こした加害者への軽蔑を込めた意見や、被害者となった精神患者への同情の声が比較的多く見られた。

自分にはそういった行動を取る理由を理解出来るとは言えないけど、辛かったのだろうと胸が締め付けられる、と。

 

一度それはさておいて、Twitter上で病んだ投稿や自傷画像を投稿する、いわゆる「病み垢」というのが存在する。

本当に精神科に通院しているようなメンタルヘルスに問題のある人から、通院はしていないものの鬱病だと主張する人まで様々。

 

こういったアカウントを作ってSNS上で交流をしている年齢層を見ると、10代の女の子が8〜9割程度の体感だった。

寂しさだったり辛さだったり、苛立ちの吐き出し場として使われているようだった。

その中でリストカットをした画像を投稿してみたり、自殺をすると宣言してみたり。

 

また一方で、「病み垢潰し」を目的とした投稿をする人々もいる。

精神病は甘えだ、自傷は気味が悪い、頭がおかしい、不快な文章を晒すな、などなど言い分も色々。

 

ドキュメンタリーに関する感想を探してみた時とは打って変わって、病み垢に関しての意見を探してみるとまぁ否定的意見の多いこと多いこと。

 

人生山あり谷ありが当然で、しんどい時期なんて誰にでもある。

構って欲しいがために、自己肯定感を得るために他人に心配をかけるな迷惑だ。

自分の身体を傷付けて何になるんだ、死にたいなら勝手に死ね。

 

ざっくりまとめると、こんな感じ。

 

ドキュメンタリーで自己の体験を語っている人と

Twitterで自身の辛さを語る人。

大差がないように思えるのに、抱かれる印象は大きく異なった。

TVで放映される内容の方が信憑性があり、SNSやインターネット上での投稿には信憑性がないというのが原因かもしれない。

病院での診断書の有無が理由かもしれない。

でも1番の理由は、その人が「何故」そのようになったかという理解度の違いではないかと思う。

 

もしあのドキュメンタリーが症状や病状の紹介が主な内容で、患者の過去について触れなかったら、周囲の意見は違っていたんじゃないだろうか。

患者の過去についての紹介が病状の紹介よりも後だったなら、もっと否定的な意見も見られたのではないだろうか。

 

人は基本的に、自分にはないものや感覚を理解する能力が乏しいとわたしは思ってる。

恐怖症やアレルギーなんかがわかりやすい例かなぁ。

自分にとって平気な場所やもの、食べ物などを受け入れられない人の感情や感覚は理解しがたい。

それが身体的な問題か、精神的な問題かの違いだけ。

 

伝え方が悪いのか、捉え方が悪いのか。

解らないけど、自分には無いものは理解できないものだからと、努力することすらやめてしまうのは

とても悲しいことだと思う。